少しずつ美術の世界に居場所とやりがいを見出してゆくハナ。一方バクちゃんは、自分は地球で何ができるのかと自問する日々が続く。おじの帰国も延期になり、言いようのない心細さが募るが、ダイフク親子の定食屋で働く時間が活力になっていた。
しかし、定食屋が急遽閉まることになり……
バクちゃん 2(2021年)
著者 増村十七
『バクちゃん』の2巻であり、最終巻である。1巻のレビューはこちら。
移民向け就職支援セッションのエピソード(第5話)をさらに掘り下げるように、「移民の就職」及び「就職し、地球生活の足場を固める」という高い壁が描かれる。
印象的だったのは、リノというキャラクターの登場だ。リノはサイの星出身で、バクちゃんが働くコールセンターの同僚である。コールセンターにかかってくる電話の大半は日本語だが、まだあまり日本語が上手ではないリノは、サイ語の電話のみ担当している。
リノと比較すると、バクちゃんはずっとなめらかに日本語を話せる。二言語に対応するバクちゃんは、一言語のみのリノより多く仕事を得る。「コールセンターで働く移民スタッフ」というコミュニティの中で、もっとも心許ない立場にいるのがリノなのだ。
リノは、日本語の会話に積極的に混ざれないことや、電話対応時間より待機時間が長いことに対する気まずさなどのため、足早に職場を出るのが常だった。
そういった諸々が悪く働いて、職場のホリデーパーティに入場できないというトラブルが発生する。ダイフクが親身になってレストラン側に掛け合ってくれるが、当日支払いだと団体割引が利かず、ひとり3,000円の会費が7,000円に跳ね上がる。リノとパートナーのスイサイは入場を諦め、パーティ会場を去るのである(第15話)。
パーティ会場に入れなかったリノの疎外感は、社会から受ける疎外感でもある。
彼の負のスパイラルは悲しい。日本語に自信がないからコミュニケーションを避けがちで、コミュニケーションを避けるからパーティ参加手続きの変更点がタイミング悪く彼にだけ届かず、届かなかったから当日参加扱いになり、当日参加扱いになったから入場料が高くなる。
ケン・ローチ監督作品『わたしは、ダニエル・ブレイク』(2016年)のワンシーンを思い出した。社会保障制度のあり方と貧困を描いた同作には、ロンドンからニューカッスルに越してきたばかりのシングルマザーのケイティが登場する。ケイティは幼い子どもをふたり連れてニューカッスルの職業安定所を目指すが、不慣れな土地でバスを間違えて道に迷ったため、給付金審査の時間に遅れる。ようやく辿り着いてみれば、この遅刻が「規則違反」であるとして、給付金減額審査の対象になってしまうのだ。
『バクちゃん』のリノと細かい状況は違えど、立場が弱く暮らしが不安定な者がケアを受けられず、金銭面で悩み、社会から疎外される点は共通している。そのときに味わう、なんとも言えない屈辱感や情けなさまでも。
もちろん、バクちゃんも不安をたくさん抱えている。仕事が途切れることはないか。永住権は取れるのか。リノより日本語が上手でも、バクちゃんが地球で安全に暮らせる保証はどこにもない。
そして、こうも考えられる。バクちゃんの日本語が今ほど上手ではなかったら、今ほど社交的に他人と関われる性格ではなかったら(もちろん、リノのあのシャイさは、日本語のつたなさによる気後れも影響しているだろう)、たまたまブルチェリに参加方法を教えてもらえなかったら、雪降る夜に泣きながらパーティ会場を去ったのはリノではなく、バクちゃんだったかもしれないと。
日本語のコミュニケーションがまだあまり上手ではないリノにとって、職場でほがらかに仲間と話すバクちゃんは眩しい存在かもしれない。一方で、バクの星での就労経験が無く、頼りにしていたおじの帰国の目途が立たないバクちゃんからすれば、ダムの管理技士という職歴があり、家族がそばにいるリノが羨ましいかもしれない。
他者の幸福に気づくのと同じ敏感さで、他者の生きづらさにも気づけるだろうか。『わたしは、ダニエル・ブレイク』のケイティが遅刻した事情に配慮できるだろうか。『バクちゃん』のリノが会費を前払いしたどうかを心配できるだろうか。さまざまな事情やルーツや文化を持つ隣人を、安全に、確実に、社会という“パーティ”に誘えているだろうか。
難民支援協会が運営するニッポン複雑紀行の2019年の記事に、忘れ難い文章がある。
「知人や友人が非正規滞在者であるという人は少ないかもしれない。でも、それはあなたにそのことを明かしていないだけかもしれない。本当は身の回りにも、いるのかもしれない。街や駅ですれ違っているのかもしれない」
全2巻の『バクちゃん』の物語は、最後までとても丁寧に描かれている。
SVのトニーが、仕事を掛け持ちしなければ生活していけないほどの給与だとバクちゃんが知る切なさ(第14話)。事故の被害者であるホルヘが口をつぐむ理不尽さ(第11話)。そういった重苦しい場面だけではなく、「いやいやわかるでしょ私の子供な訳が……ないとは言い切れない社会が」と慌てて訂正する小牧さん(第8話)や、クリスマスを「ハッピーホリデー」と言い換えるダイフク(第14話)やトニー(第15話)など、ごくさりげないところに新しい価値観と優しさが息づいているのもよかった。ダイフクの父が地球で恋愛を楽しんでいるのもすてきだ(第17話)。
日本の「移民」は、2018年時点の統計では、永住権を持った外国人を「移民」としてカウントすると108.5万人、超過滞在者まで含めると400万人を超える(望月雄大『ふたつの日本』(講談社現代新書、2019年)より)。『バクちゃん』を読んで以降、気になるニュースが増えた。漫画『バクちゃん』の連載は終わったが、私にとっては今がひとつのはじまりのように感じている。