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他人がかける表札に屈しない/『クレイジー・リッチ!』

クレイジー・リッチ!(Crazy Rich Asians)
2018年 アメリカ
監督 ジョン・M・チュウ

 中国系アメリカ人のレイチェル・チュウ(コンスタンス・ウー)は、中国系シンガポール人の恋人ニック・ヤン(ヘンリー・ゴールディング)の親戚から、「きみは台湾のプラスチック産業のチュウ家?」「香港テレコムのチュウ?」などと、思いつくかぎりの“有名なチュウ家”を挙げながら問いかけられる。
 ニックはシンガポール有数のデベロッパー、ヤン家の御曹司であり、王族同然のセレブだ。そんな彼の恋人ならヤン家に釣り合う家柄のはず……というのが周囲の期待するところであり、レイチェルがプラスチック産業のチュウ家でも香港テレコムのチュウ家でもないと知るや、「どのチュウ?」と困惑するのである。

 『或る夜の出来事』(1934年)や『ローマの休日』(1953年)など、いわゆる身分違いの恋をテーマにした作品は数多いが、“身分違い”がもたらす問いかけは、ひいてはアイデンティティーの問いかけでもあると本作は提示する。
 レイチェルはニューヨーク大で最も若い経済学の教授で、大変優秀なのだが、そういったプロフィールはヤン家及び周囲の人間には響かない。ニックの母エレノア(ミシェール・ヨー)にとって、息子の恋人が仕事に打ち込むのはマイナス要素ですらある。結婚で大学を辞めて家庭に入った自分の過去を誇らしげに語り、レイチェルをふるい落としにかかる。中国系アメリカ人という点でも線引きする。
 “ヤン家にふさわしくない一般人”として扱われるレイチェルの描写が中心だが、ニックはニックで、“ヤン家の御曹司”としてしか見てもらえないことに悩んできたことが明かされる。出身や家柄に頓着しないレイチェルとの交際は、新たな自分との出会いでもあったのだ。

 「貧乏なシングルマザーに育てられた名もない移民」と言い残して去るレイチェルと、その名乗りに対して自身の婚約指輪を贈ることでアンサーとするエレノアのやりとりはかなり現代的だ(若き日のエレノアもまた、ヤン家と家柄が釣り合わず結婚を反対され続け、ヤン家に伝わる婚約指輪を貰えず新しく作らせた指輪をつけていたのである)。
 石垣りんの「表札」よろしく、レイチェルはヤン家から押しつけられる「おまえはこの程度の人間だ」という「表札」に屈することなく、自分のアイデンティティーに自分で「表札」をかけた。その抵抗とあざやかな去り際には希望がある。
 大筋はとてもベタなロマンティックコメディだが、ところどころに新しい風が吹き込んでいる。それにしても原題の“Crazy Rich Asians”から“Asians”を抜いてしまったのはなぜ……?