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ホモソーシャル的価値観の内面化との戦い/『ビルド・ア・ガール』

 主人公のジョアンナ(ビーニー・フェルドスタイン)は16歳の高校生。イギリスの片田舎の退屈な日々に飽き飽きしながらも、作家になる夢をあたため続けている。家族7人の暮らしに経済的余裕は無いが、兄のクリッシー(ローリー・キナストン)は気の置けない友人のような話相手だし、両親の仲も悪くない。しかし、ジョアンナがコンテストで発表した詩がきっかけで家計が悪化してしまう。
 家族を貧困に追い込んだ罪悪感に苛まれるジョアンナに、クリッシーがロック批評のライター募集記事を差し出す。ロックも批評も未知の世界だが、ジョアンナはミュージカル『アニー』のサントラの批評を書き、大手音楽情報誌D&MEへ応募するのである。

How to Build a Girl
2019年 イギリス
監督 コーキー・ギェドロイツ

 ティーンエイジャーの爽快な成長物語というジャンルで、まったく爽快ではない、しかしとても痛切で重要な、「コミュニティで生きぬくためにホモソーシャル的価値観を内面化する」過程を扱った意義深い作品である。

 音楽ライターとしてデビューしたジョアンナは、期せずして一家の稼ぎ頭になる。自分が家賃を払って家族を支えているんだという自負は、彼女の振る舞いを堂々とゴージャスにさせる一方で、男性中心の編集部内の空気に抗いづらくもさせる。特集記事を書きたいと訴えるジョアンナに、記事の決定権を持つ男性社員が「ここに座って話を」と自身の膝を叩いて示すシーンはものすごく気持ちが悪い。断ったら仕事が得られないと察したジョアンナが茶化しながら応じる姿には、複雑な屈辱を覚える。

 ジョン・カイト(アルフィー・アレン)のインタビュー記事で編集部の評価を得られなかったジョアンナは、「人生を変えられるバンドは15か20しかいない。俺たちの仕事は本物以外をナパーム弾で蹴散らすことだ」という社員のアドバイスを踏まえ、執筆方針を大幅に変える。曲に対する評価だけでなく、ミュージシャンのファッションや容姿までもこき下ろすようになる。そんな彼女の記事は編集部が好む「イジリ」文化と合致して大いにウケてしまう。
 そう、ウケて“しまう”のである。ジョアンナは、攻撃的・露悪的な記事を書いて喝采を浴びる快感を覚えると同時に、この路線で生きていかなければ音楽情報誌コミュニティで居場所を失うと気づく。華やかな世界に陶酔しきったように見えながらも、彼女はじょじょに痛ましくなってゆく。しかし家賃を稼ぐにはこの世界にしがみつく必要があり、ホモソーシャル的価値観の内面化はいよいよ加速する。編集部の面々がジョアンナや彼女の家族を見下していることを知ったタイミングで、彼女はようやく、自分自身も周りの人間も傷つけてしまったと自覚して道を引き返すのである。

 D&MEを辞めたジョアンナは、自分が記事で酷評したバンドすべてに謝罪をする。ジョンには謝罪とともに、インタビュー記事の初稿とばっさり切った自身の髪を渡す。「究極の犠牲は何か考えた。何がなくなったら一番悲しいかって」と語るその選択は、本作序盤、家族の収入を途絶えさせたことを悔やんで「究極の犠牲を払ってジョー(※若草物語のジョー・マーチ)みたいに髪を切って売ろうかな」と迷っていたシーンを回収している。ジョアンナがD&MEの価値観を遠く離れ、以前の彼女に戻ったことが伝わるシーンだ。

 ジョアンナの新しい雇い主として終盤に登場するアマンダ(エマ・トンプソン)の佇まいは、すばらしく魅力的だ。「子供みたいに壊し続けてるだけ」のD&ME編集部のありかたとは真逆の、辛抱づよく試行錯誤し、ていねいに自分を作り上げてきた大人の女性と巡り会うエンディングは、年齢を重ねてゆくジョアンナの背中を力強く押してくれる。