かつては魔法が栄えていたが、習得の困難さや科学技術の進歩などにより衰退した世界。
エルフの少年イアンは、兄バーリーと母ローレルの3人で暮らしている。イアンの16歳の誕生日、バーリーとイアンは、イアンが生まれる前に死んだ父ウィルデンが遺したものを母から受け取る。それは魔法の杖と、死者を24時間だけ復活させる呪文であった。
さっそく実践するも魔法は失敗し、ウィルデンは下半身のみ蘇る。24時間以内に父を完全な姿で蘇らせるべく、イアンとバーリーは魔法に必要な「不死鳥の石」を探す旅に出る。
2分の1の魔法(Onward)
2020年 アメリカ
ダン・スキャンロン
若くして死んだ父への思いと、衰退した魔法文化への強い憧れを抱く兄のキャラクターが混ざり合い、序盤は“失われたものに対する郷愁”が前面に出る。引っ込み思案なイアンは、学校生活での馴染めなさや自信のなさの解決の糸口をすべて亡き父に求めている節がある。バーリーはバーリーで、魔法の研究に打ち込む熱心さはあれど、現代における魔法は古臭く非実用的な趣味としてしか見なされないため、母に「将来のことを考えて」と叱られている。
ものすごく失礼な言い方を承知ですると、本作は、「きっとこういう話なんだろうな」と結末を予想できそうな雰囲気があった。自分にとってはそうだった。
だからやや気を抜いて観始めてしまったのだが、出発シーンからほどなくして、だらけた姿勢をピリッと正されることになった。魔法でコルト巡査に化けたイアンが、兄に対する感情をはからずも吐露してしまうシーンだ。
「亡き父と子の関係をめぐるロードムービー」という構図で始まった本作は、次第に様相を変え、上記シーンをターニングポイントに「亡き父と子の関係」から「兄と弟の関係」へシフトする。言い換えれば「生きている者同士の物語」だ。亡き父に対する愛や感傷を共有するだけでは乗り越えられない厳しさがある。
これは、父を復活させて限られた時間の中で新しい思い出を作るための旅ではない。死者を悼むことが今を生きることを侵食しないよう、「悼むこと」と「生きること」を両立させるための旅なのだ。イアンもバーリーも生きている。これからも生きてゆく。リアルタイムで揺れ動く感情があり、自尊心があり、過去を克服するチャンスがある。
本作は、誰しも身に覚えがあるであろう「思い出の中で死者が美化される」現象に正面から切り込んでいる。父はダンスが上手くないし、靴下は奇妙な色だし、魔法使いネームもダサかった。けれどそういうことをひとつひとつ確かめるたび、父に対する愛情や親しみに、これまでにない実感が伴ってゆく。イアンとバーリーは、父がおしゃれで完璧でセンスが良いから好きなのではなく、父が不完全で魅力的だから好きなのだ。
それにしても邦題が巧みだ。「2分の1」は、文字通り半分だけ復活した父ウィルデンの姿そのものだし、ふたり兄弟という単位でバーリーとイアンを捉えたときに、それぞれの役どころや見せ場や背負う物語に対して係るフレーズでもある。
そして、父に会えるのも1人だけなのだ。本作ラスト、イアンががれきの隙間から父の姿を見るシーンはほろ苦いが、父に会う一度きりのチャンスを兄に譲った心境には納得できるし、この苦さを中途半端に和らげようとしない容赦のなさこそが良い。10代か、あるいはもっと幼い年齢層が観ることもじゅうぶんに想定しているであろう映画に、この厳しくも優しいラストシーンがあることは、映画から年若い観客への信頼のようにも思える。